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ノート21-222

【ヱトノスエ ヤナヰカクロヒ】 「ヤナヰ」を「八・七・五神(暦の神)」としたのは次の理由による。本文023以降に「ヤカシワアモト」と「ヰクラノヰ」、「トシノリタマメムワタノナ」とあり、ここでの「ヤ」はアモトカミ(トホカミヱヒタメ)の8神を意味し、「ナ」はトシノリタマメカミとムワタ(アミヤシナウ)を合わせた7神を意味し、「ヰ」はキツヲサネの5神を意味している。この神たちを合わせて「八・七・五(ヤナイ)神」と考えた。
アモトカミ8神の中の「ヱ・ト」2神と「アミヤシナウ」の6神と「キツヲサネ」の5神とを組み合わせて60通りの「ヱト」の組み合わせができる(これについては22綾本文025にも出てくる)。さらに、ミカサフミの「ナメコトノアヤ」に「ヒトセコレ エトニハンベル ミソノカミ ヒヒニカワリテ ムソカモル ムワノナメコト」とあり、「ムワ」は六輪(環)と解釈して「6巡り」となるので、「ヱト守神」は6巡り(360日)を単位として順に日々人々の暮らしを守ると考えたのだろう。すなわち「ヱト」は今でいうカレンダーではなくて、信仰としての日々の守り神だったと考える。
また、1綾本文131に「アメノメクリノ ミムソヰヱ ヨツミツワケテ ミソヒナリ ツキハオクレテ ミソタラズ」とあり、この時代にすでに太陽の周期がほぼ365日であることが分かっていたと思われる。太陽の1巡りの365日は農業を中心とした人々にとって生活の一周期でもあったので、ヱトの6巡りより5日多くなる。その五日間を「カクロヒ」(隠れた日、ヱトの守から漏れた日)としてウツヲに守らせると考えたのであろう。
実際にはヱト守神はその5日間もキアヱ、キアト・・・と次の6巡りが始まるので、ウツヲに守らせる日を、次のミカサフミの「ナメコトノアヤ」にある「ウツロヰノ トシコエセマエ(12月29日) オオミソカ(同30日) ハツムカソヨカ(1月6日、14日) サノミソカ(5月30日) スベヒトセモル」とある日に割り振ったのではないか。なぜその日なのかは分からないが、これは概念上の話のことなので、このなんらかの意味のある5日間をウツヲが守ったこととしたのだろうか。これらはこの当時の科学と信仰なのだろうが極めて難解である。もっと納得できる解釈はできないものだろうか。