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40-000 40アツタカミヨオイナムアヤ
熱田神 世を辞む綾
40-001 マキムキノ ヒシロノコヨミ
纏向の日代の宮の暦の
40-002 ヨソヒハル ヤマトダケキミ
四十一年春、ヤマトタケ君が
40-003 キソヂヨリ イタルオハリノ
木曽路から尾張に着いて
40-004 タケドメガ マコノムラジノ
タケドメの孫のムラジの
40-005 ヰヱニイル ツマミヤズヒメ
家に入った。妻のミヤズ姫は
40-006 ミヤコヨリ オクリテチチガ
都からヤマトタケ君を送って、父のムラジの
40-007 ヰヱニマツ イマキミココニ
家で帰りを待っていた。この時、君はこの家で
40-008 ツキオコス ギミノタマワク
ひと月ほど過ごされた。君が言われた。
40-009 サカオリノ ミヤハムカシノ
「酒折の宮は昔の
40-010 ハラノミヤ ナオナガラエリ
ハラの宮で、今なお続いている。
40-011 ワガネガヒ ウツシテヒメト
我は、ここに同じ宮を造って姫と
40-012 タノシマン ムラジモフサク
楽しく暮らしたいと願っている」。ムラジが申し上げた。
40-013 トミユキテ ヱカキウツサン
「我が酒折の宮に行って、宮の造りを描き写して参りましょう」
キミヱヱス ムラジクタリテ
君は承知した。ムラジは酒折の宮に行き
【ヱヱス】 「ヱヱ」の語義がはっきりしないが、文脈から肯定・承知を表す時に発する語と解釈した。
40-015 サカオリノ ミヤオクワシク
宮を詳しく
40-016 ヱニウツシ カヱコトスレバ
絵図に描き写し報告した。
ヤマトダケ アラフルカミノ
ヤマトタケ君は伊吹山にまだ服わぬ者が
【アラフルカミ】 原文と読み比べて分かるようにここからはかなりの意訳になっている。「アラフルカミ」はヤマト朝に従わない集団であると考えた。ヤマト朝に従わない者といっても、東西の敵を従わせたヤマトタケは、さほどの者とも考えず、丸腰で説得に行ったのではないか。
40-018 アルオキキ ツルギトキオキ
いると聞いて、剣をはずして置いたまま
40-019 カロンジテ イタルカミヂニ
軽く説得できると考え、彼らが籠るところに
40-020 ニギテナク ユキスグミチニ
幣も持たずに行った。歩いて行くと間もなく
イフキカミ ヲオロチナシテ
伊吹山への道に何人もの者がたむろして
【ヲオロチナシテ ヨコタワル…】 これまでにも、悪い者がたむろしている様子を「オロチ」に例えてあったように、その集団の者がたむろしていたが、ヤマトタケはそれが一味だとは気付かなかったと解釈した。
40-022 ヨコタワル カミトハシラズ
道をふさいでいた。首領がいるとは気付かず
40-023 ヤマトタケ オロチニイワク
ヤマトタケは彼らに言った。
40-024 コレナンヂ アレカタカミノ
「これ、汝らは首領の
40-025 ツカヒナリ アニモトムルニ
手下であろう。汝らを説得するには
40-026 タランヤト フミコエユケバ
及ばない」とたむろしている者たちを押し分けて行った。
イフキカミ ツララフラシテ
山路を行くと、突然、何本もの矢が飛んできた。
【ツララフラシテ】 「ツララ」の形状を考えれば、それが矢であることは想像に難くない。わずかな傷でもヤマトタケはついに命を落とすことになった。毒でも塗ってあったのだろうか。熊襲や蝦夷を討伐したヤマトタケが名もない反逆者の手で命を落とすことになったのを直接的に書くことは避けて、「カミ」の仕業としたのではないか。
40-028 カオウハフ シイテシノギテ
矢が足にあたり、目の前が暗くなった。ヤマトタケはそれを何とか凌いで
40-029 オシアユミ ワヅカイデユク
必死に歩いたが、わずかに進むだけで、
40-030 ココロヱヒ モユルゴトクニ
気が遠くなりそうだった。燃えるように
40-031 アツケレバ イヅミニサマス
身体が熱くなり、湧き水で体を冷やした。
40-032 サメガヰヤ ミアシイタムオ
体を冷ました湧き水は後に「サメガヰ」と言われた。足の痛みを
40-033 ヤヤサトリ オハリニカエリ
強く感じて、尾張に帰ったが
40-034 ミヤヅメノ ヰヱニイラズテ
妻のミヤズ姫の家には入らないで
イセノミチ オヅノヒトマツ
伊勢への道を行った。オヅの一本松には、
【オヅノヒトマツ】 尾張から伊勢路に入り、纏向の宮に戻る経路から考えると、三重県桑名郡多度にある尾津神社辺りか。 
40-036 コレムカシ ホツマクタリノ
昔ヤマトタケがホツマの国に下った際
40-037 ミアエドキ トキオクツルギ
食事をした時、腰からはずして置いた剣を
40-038 マツノネニ オキワスレシガ
松の根に置き忘れたが、その剣は
40-039 ナガラエリ カレニアゲウタ
そのままあった。そこで松を誉めて歌を詠んだ。
40-040 オワスレド タダニムカエル
「剣を置き忘れたのに、そのままに迎えてくれた
40-041 ヒトツマツ アハレヒトマツ
一本松よ、ああ我を待っていてくれたのだ。
40-042 ヒトニセバ キヌキセマジオ
もしお前が人ならば、衣を着せてやるものを。
40-043 タチハケマジオ      
太刀を佩かせてやるものを」。
40-044 イササカニ ナクサミユケド
多分に慰められて、また歩いて行ったが
アシイタミ ミヱニマガレバ
足が痛み、三重に曲がったかと思われるほど痛んだ。
【ミヱニマガレバ】 現実に足が三重に曲がることはないので、それほどに痛み、足が伸ばせなくなったということだろう。「ミヱ」が三重郡の由来と伝えられている。
ミヱムラゾ ツヱツキザカモ
そこは後に三重村と呼ばれた。杖をついて坂を
【ツヱツキザカ】 四日市市采女町に「杖突坂」があり、そこのことだと伝えられている。
40-047 ヤヤコエテ ノホノニイタミ
やっと越え、能褒野についたが痛みが
40-048 オモケレバ トリコヰタリオ
ひどいので、連れてきた蝦夷の五人を
40-049 ウヂニヤリ カシマミコトノ
宇治に行かせ、カシマ命の
40-050 ソエビトゾ キビタケヒコハ
従者にした。キビタケヒコを
40-051 ミヤコヂエ ノボセモフサク
都に上らせて、父に伝えようと
40-052 ソノフミニ ハナヒコモフス
文をしたためた。「ハナヒコが申し上げます。