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5ワカノマクラコトバノアヤ
ワカ歌の枕詞の綾
【ワカノマクラコトバ】 広辞苑で「枕詞」を引くと「昔の歌文に見られる修辞法の一つ。特定の語の上にかかって修飾または口調を整えるのに用いることば」とある。例えば本文の終わりに出てくる「あしひきの」については、大辞林では「語義・かかり方未詳」となっているが、広辞苑では「ひき」は「引き」ではなく、「足痛(あしひ)く」の「ひき」か。または「木」などの意か。一説に「あし」を葦と解する。」とホツマツタヱの内容に近い説明もある。記紀では知り得ないことがホツマツタヱに書いてあることになる。
05-001 モロカミノ カミハカリシテ
諸臣の会議の席で
05-002 モノヌシガ マクラコトバノ
大物主が枕詞の
05-003 ユヱオトフ モロコタヱネバ
由来を聞いた。皆が答えなかったので
05-004 アチヒコガ コレハミソギノ
アチヒコが「これは禊ぎの
05-005 フミニアリ モロコフトキニ
文に書いてあります」と言った。諸臣が頼むと
オモヒカネ コレトキイワク
オモヒカネがこれを説明した。
【オモヒカネ】 2行前のアチヒコのこと。1綾の092で、ワカ姫に「オモイカネテゾ」と回り歌の恋文を渡され、ワカ姫と結婚した。
05-007 フタカミノ オキツボニヰテ
「二尊が近江の宮にいて
クニウメド タミノコトバノ
国を立て直しましたが、民の言葉が
【タミノコトバノ フツクモリ】 地方によっては渡来人が多く住み着き、言葉の共通性がなくなってきたと考えられる。
05-009 フツクモリ コレナオサント
ひどく通じにくくなっていました。これを直そうと
カンガヱテ ヰネナナミチノ
考えて、五・七の音で言葉の使い方を学ぶ
【ヰネナナミチ】 「ヰネ」は5音。「ナナ」は「ナナネ」の略で、7音。「ミチ」は「教え、方法、手段」で、この場合は「言葉の使い方」とした。ただアワ歌48音を歌うことだけで言葉の「フツクモリ」を正せるとは考えられない。4節の「ウタニネコヱノミチヒラケ」、7節の「ウタニコトバオナラワセテ」という文に続くことからも、1音1音に合わせて言葉やその使い方などを教えたのだと考える。
05-011 アワウタオ カミフソヨコヱ
アワ歌を、上の二十四音を
05-012 イサナギト シモフソヨコヱ
イサナギ尊が、下の二十四音を
05-013 イサナミト ウタイツラネテ
イサナミ尊が歌い連ねて
05-014 ヲシユレバ ウタニネコヱノ
教えたので、歌によって正しい言葉が
05-015 ミチヒラケ タミノコトバモ
身について、民の言葉も
05-016 トトノヱバ ナカクニノナモ
通じるようになりました。そこでナカクニの名前も
アワクニヤ ツクシニミユキ
アワ国と言われるようになりました。二尊はその後筑紫に行幸され、
【アワクニ】 琵琶湖周辺の地域と思われる。
05-018 タチバナオ ウヱテトコヨノ
橘の木を植えて、クニトコタチの
05-019 ミチナレバ モロカミウケテ
道を教えられたので、諸々の臣はその教えを受けて
05-020 タミオタス タマノヲトトム
民を治めました。二尊の御心を留めている
ミヤノナモ ヲトタチハナノ
宮の名前をヲト橘の
【ヲトタチハナノ アワキミヤ】 「ヲト」は緒を留める。「アワキミヤ」は「アワ・キミ(宮)」すなわちアワ歌を教えた二尊(キミは男女神をいう)の宮。
05-022 アワキミヤ ミコアレマセバ
アワキ宮という名前にしました。そこで皇子がお生まれになり
モチキネト ナツケテイタル
モチキネ尊と名付けました。それから
【モチキネ】 ツキヨミの諱。
05-024 ソアサクニ サクナギノコノ
二尊はソアサの国に行かれました。サクナギ命の御子の
05-025 イヨツヒコ ウタニコトバオ
イヨツヒコ命はアワ歌で言葉を
ナラワセテ フタナオモトム
民に習わせて、イヨとアワの二つの土地を治めることを願い出、
【フタナオモトム】 当時、四国はソアサ国と呼ばれ、全土が二つに分かれていたかは定かでないが、その中にイヨとアワがあった。その二つの土地を「フタナ(二名)」と呼んだのではないか。ホツマツタヱには、後にトサも出てくるがサヌキは書かれていない。
05-027 アワツヒコ ソサニイタリテ
アワツヒコ命とも名乗りました。後に二尊はソサに来られて
05-028 ミヤツクリ シツカニイマス
宮を作り、穏やかな日々を
05-029 キシヰクニ タチバナウヱテ
キシヰの国で過ごされ、橘を植えて
05-030 トコヨサト サキニステタル
トコヨの里と呼ばれました。二尊は以前捨てられた
05-031 ヒルコヒメ フタタビメサル
ヒルコ姫を再びキシヰの国に呼び戻され、
05-032 ハナノモト ウタオヲシヱテ
橘の花の下で和歌を教えられました。
05-033 コオウメバ ナモハナキネノ
二尊に皇子がお生れになり、御名をハナキネ尊と名付けられました。
05-034 ヒトナリハ イザチオタケビ
皇子は、泣きわめいたり大声を出したり
05-035 シキマキヤ ヨノクマナセバ
穀物の種を二重に蒔いたりする性格で、世の中に害を与えました。
05-036 ハハノミニ ステドコロナキ
母のイサナミ尊は、見過ごすことのできない
05-037 ヨノクマオ ワガミニウケテ
人々に与えた災いの責めを一身に受け、
05-038 モロタミノ カケオツグナフ
民の被害を償おうと
05-039 ミクマノノ ミヤマギヤクオ
熊野の宮を建てられました。イサナミ尊は、ハナキネ尊が山に火を付けて山火事になるのを
ノゾカント ウムホノカミノ
防ごうと、火を司る神のカグツチを念じて祈られましたが、
【ウムホノカミノ カグツチ】 記紀では、イサナミはいまわの際に火を司る神と土の神・水の神などを産んだことになっているが、ここでは、イサナミが念じて(心の中に呼び出して)それらの神の力に頼ろうとしたと考える。
05-041 カグツチニ ヤカレテマサニ
火に焼かれてしまいました。まさに
オワルマニ ウムツチノカミ
果てる間際にも、土の神のハニヤスと
【ウムツチノカミ ハニヤスト ミヅミツハメソ】 これらの神を心で念じ、土と水によって、焼けた跡が再生するようにと願ったと考える。
05-043 ハニヤスト ミヅミツハメゾ
水の神ミツハメを念じて祈られました。
05-044 カグツチト ハニヤスガウム
火(カグツチ)が焼き払ったその大地(ハニヤス)から
ワカムスヒ クヒハコクワニ
桑や穀物(ワカムスビ)が生えるように念じられました。その神の形は、首は蚕と桑、
【ワカムスヒ クヒハコクワニ ホソハソロ】 イサナミが念じた神の「ワカムスヒ」は、「首から上は蚕と桑が生え、へそから穀物が生えている」という概念がすでにあったのではないか。その形態から「ワカムスヒ」を「桑や穀物」と訳した。
05-046 ホゾハソロ コレウケミタマ
へそには穀物が生えています。これが養蚕と農耕の神、ウケミタマの神です。
イサナミハ アリマニオサム
イサナミ尊は有馬に葬られ、
【アリマニオサム】 熊野市有馬町に花窟(ハナノイワヤ)神社があり、イサナミが祭られ、春と秋に祭礼がおこなわれている。