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30-000 30アマキミミヤコトリノアヤ
天君、都鳥の綾
30-001 アマキミノ モトハミマコノ
天君という呼び名の始まりは御孫ニニキネ尊が
30-002 イカツチオ ワケテヲサムル
雷をカグツチの神とミツハメの神とに分けて祭り、世を治めた時からである。
30-003 ヲヲンカミ ホメテミマコハ
アマテルカミが称賛して、ニニキネ尊は
30-004 アマカミノ アラハルイヅト
天神が地上に現れたとでも言うべき立派な業績を顕したと
30-005 タマフナハ ワケイカツチノ
賜った名が「別雷の
30-006 アマキミト ミグサモワケテ
天君」であった。三種の神宝も分けて
30-007 アメミマゴ ヒダリカスガト
御孫のニニキネ尊と左の臣のカスガと
30-008 ミギコモリ サツケテヨヨニ
右の臣のコモリカミに授け、代々
30-009 コレオツグ ミヲヤツクシニ
継いできた。ミヲヤ天君(ウガヤフキアワセズ)が筑紫に
30-010 クダルトキ ヲシテハモチテ
下った時、御璽は自ら持たれ
30-011 ミカガミハ ヒタリオシクモ
御鏡は左の臣のオシクモに、
30-012 ヤヱカキハ クシミカタマニ
八重垣の剣はクシミカタマに
30-013 サヅケオキ ミヲヤツクシニ
授けておいた。ミヲヤ天君が筑紫で
30-014 ヒタルトキ カミノヲシテハ
崩御された時、神の御璽は
30-015 タケヒトニ ハハタマヨリモ
タケヒト尊に譲った。母のタマヨリ姫も
30-016 カミトナル カガミハカアヒ
亡くなり、御鏡は河合の宮に、
30-017 ヤヱガキハ ワケツチミヤニ
八重垣の剣は別雷の宮に
30-018 アヅケオク ナガスネヒコハ
預けておいた。ナガスネヒコは
ヤマサキニ カワフネコバム
山崎で川船を通さなかったので、
【ヤマザキ】 29綾本文014では「カレニナガスネ フネトトム」と、場所は書かれていなかったが、大阪と京都の境で桂川と宇治川、木津川が合流する辺り。
30-020 モノヌシガ ウタントスレバ
大物主のクシミカタマが討とうとすると
30-021 ヰツセミコ オソレタガヨリ
ヰツセ尊は恐れて多賀から
30-022 ユクツクシ クシミカタマハ
筑紫に行ってしまった。クシミカタマは
30-023 オシクモト ナガスネウテバ
オシクモと一緒にナガスネヒコを討とうとしたが、
30-024 ニケユクオ オヒテカハチニ
ナガスネヒコが逃げて行くのを追いかけて河内に
30-025 トドマリテ タケチノコリト
行き、そこで追うのをやめた。タケチノコリと
30-026 アウヱモロ ヤマトノソフニ
アウヱモロに、ヤマトのソフで
30-027 フセカシム モノヌシカエリ
ナガスネヒコの反撃を防がせ、大物主のクシミカタマは多賀に帰った。
オシクモハ カワチニユキテ
その後オシクモは河内に行って
【オシクモハ カワチニユキテ】 この文の前までは29綾の出来事の概略。河内まで追いかけたのはクシミカタマだけで、出来事が一段落した後、オシクモは河内に行ったと考えられる。
30-029 オシホヨリ カスガオマネキ
オシホからカスガの御魂を移し
30-030 ヒラオカノ ヤシロマツリテ
枚岡の社に祭り、
30-031 カミトナル ツクシノタネコ
その後亡くなった。筑紫のタネコが
モオヲサメ ヨカミマツリテ
オシクモの喪祀りを行い、四柱の神を祭った。
【ヨカミ】 オシクモの喪祭りをして、さらに「ヨカミ」を祭ったと解釈すると、私は4柱はタネコの祖父のカスガ(アマノコヤネ)、曾祖父ココトムスビ、祖母のヒトリ姫、ヒトリ姫の父タケミカツチではないかと考える。ところが、今日、この4柱を祭っている神社の祭神のうち、私の考えるココトムスビに該当する神を、大阪の枚岡神社は「斎主(イワイヌシ)命」、京都の大原野神社や吉田神社は「伊波比主命」としてあり、奈良の春日大社は「経津主(フツヌシ)命」としている。元春日と言われる枚岡神社にしても現在は「香取(フツヌシ)・鹿島(タケミカツチ)」を祭るとされている。このように現在、これらの神社ではココトムスビではなくフツヌシが祭られているということだが、曾祖父ココトムスビを除外してココトムスビの妻アサカ姫の兄であるフツヌシを祭る相当の理由は何なのだろうか。
30-033 アウヱモロ カワチオカネテ
タネコはアウエモロにヤマトと兼ねて河内も一緒に
30-034 ヲサメシム オオモノヌシハ
治めさせた。大物主は
アワウミノ オオクニミヤオ
アワ湖の大国宮を
【オオクニミヤ】 22綾本文051に「オオクヌカミ」とあり、24綾本文334に「ヲコタマノカミ」、338に「ヲコノサト」とある。このことからクシヒコを祭った宮と考える。
ツクリカエ コシネノクニモ
造り替え、コシネの国と
【コシネノクニ】 越の国もネの国もほぼ同じ地域で、「コシネの国」とも呼んでいたと考えられる。
30-037 サホコミナ タミオヲサメテ
サホコの国もみな治めたので
シヅカナリ イマアマキミノ
平穏であった。ここに、タケヒト尊は天君の
【イマアマキミノ クライナル】 タケヒトはこれまで筑紫の君であり、大和の君はニギハヤヒだった。前の綾でタケヒトはニギハヤヒを従え、この時点で事実上の「アマキミ」となったので、この綾ではタケヒトは「スヘラギ」と書かれている。二人ともニニキネの血筋だが、タケヒトはホオデミ(ウツキネ)の血筋でニギハヤヒはホノアカリ(ムメヒト)の血筋。
30-039 クラヒナル ムカシハミウヱ
御位に就いた。昔は御上が
ワケサツク イマハナキユエ
御位を分け授けたが、今はその方がいないので
【イマハナキユエ】 御上、すなわち先代のウガヤフキアワセズはすでに30年ほど前に亡くなっている。
30-041 ソノツカヒ ヨリテハカレバ
その役目を誰にするかと、臣が集まって相談すると
30-042 ミナイワク ヒノカミツカヒ
皆が言った。「先代の皇の使者は
30-043 ミチヲミト ツキノツカヒハ
ミチヲミとし、后の使者は
30-044 アタネナリ ホシノツカヒハ
アタネとし、妃の使者は
アメトミト インヘタマワリ
アメトミとするのがよい」。アメトミはインベの役を授かり
【インヘタマワリ】 一読では3人がインベの役に着いたように読めるが、本文106ではミチヲミは御垣守となっており、「カンノトゴトハ インベトミ」とあるので、インベとなったのはアメトミだけと考える
30-046 ミソギナス トキニカシハラ
禊ぎをした。さて、橿原では
30-047 スメラキノ ミヨアラタマノ
皇の御世が改まった
30-048 トシサナト ハツヒサヤエニ
サナト一月一日、サヤエに
ウマシマチ トクサタカラオ
ウマシマチが十種の神宝を
【ウマシマチ トクサタカラオ タテマツル】 ウマシマチはニギハヤヒの息子。ニギハヤヒ系の十種の神宝もタケヒトの元に来たので、皇統が一つに統一された。
30-050 タテマツル アメノタネコハ
君に奉った。アメノタネコは