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ノート31-279

【イツモシコ】 先代旧事本紀によると、次行のオオネとともにウマシマチの孫。
【ケクニオミ】 カヌカワミミまでは即位するとその直下に鏡臣と剣臣、(左右の臣)が置かれていたが、次のタマデミの時はケクニ臣が二人、その次のオオヤマトヒコスキトモは不明だが、その次のカエシネからイクメイリヒコまではケクニ臣が一人置かれていたようである。このように見ると、左右の臣がケクニ臣となり、それが二人から一人に変わったと考えられる。「ケクニ」については、鳥居礼氏の「完訳秀真伝、下巻」322頁に詳しく書かれている。それを参考にすると「食国臣」となる。これまでの左右の臣とのイメージはかけ離れるが、皇の直下で政や祭祀に携わったのであろう。この時代は、政は即、農や食とつながっていただろうから「ケクニ(食国)」となったのだろうか?