先頭の番号が青い行は、クリックすると解釈ノートが見られます。
対訳ページの使い方の詳細はこちらのページをご覧ください。
21-096 ニノミヤト ミナルヒノアハ
ニの宮人」「実成る日の門は、
21-097 ナカミナル クラヤメノアハ
中実成る」「暗病めの門は、
21-098 ガニヤメル オボロヨノアハ
ガに病める」「朧夜の門は、
21-099 ナカクラシ トマヨヒノアハ
中暗し」「途迷いの門は、
21-100 ガニクルシ アラハルノアハ
ガに苦し」「新春の門は、
21-101 ニノナアグ ヒカハクノアハ
ニの名挙ぐ」「干乾くの門は、
21-102 ガノトガメ ネノコカトコレ
ガの咎め」北の九門は以上です。
21-103 キハネヨリ サカエルノアハ
東は北より、「栄えるの門は、
21-104 ニノサカエ ヒオツルノアハ
ニの栄え」「日落つるの門は、
21-105 ガニオトル ノドヤカノアハ
ガに衰る」「のどやかの門は、
21-106 ニニヤスシ アヤウキノアハ
ニに安し」「危うきの門は、
21-107 ガニアヤブ ナレヤウノアハ
ガに危ぶ」「慣れやうの門は
21-108 ニニモナル タソカレノアハ
ニにもなる」「黄昏の門は、
ガニヤブル テリオレノアハ
ガに破る」「照り折れの門は、
【テリオレ】 「テリオレ」の意味が分かりにくい。南面の6番目に「テリアレ」とあり、これと同じかもしれない。そうすると「マダラエダ」(斑枝)は干ばつなどの天候不順で作物が枯れたりすることと読める。
21-110 マダラヱタ アヒノデノアハ
斑枝」「天日の出の門は、
21-111 ニノタラチ アキラカノアハ
ニの両親」「明らかの門は、
21-112 ニノヨロシ キノコカトコレ
ニのよろし」東面の九門は以上です。
キツヲサネ ヲハウチオモル
キツヲサネのうちキツサネの門は宮を守り、ヲ(宮殿)は宮内を守るのです」
【キツヲサネ ヲハウチオモル】 1綾本文053に「キツヲサネ」の意味が書かれている。そこでは「ヲ」を君としたが、ここでは、宮造りを述べている文脈から「ヲ」は中央の宮殿、「ウチオモル」は、門が宮全体を守るのに対し、宮殿はその中の人や政などの機能を守るということと解釈した。
トコタチノ コノトシノリノ
クニトコタチが創り出した暦法は
【トコタチノコ】 ここから5行は暦について書かれているようだが、「神」として表現されているため分かりにくい。私は暦の始まりとして意訳した。まず、ここは擬人法で書かれていると見て、「トコタチノコ」はクニトコタチが生み出したもの、すなわちクニトコタチが「創り出した」とした。
【トシノリノ タマメカミ】 前出の、ヱト神とで1年を構成するヱト守神となる神だが、ここではそのような「神」のままで表現せず、それを現代に通じる言葉に置き換えて「暦法」と意訳した。暦については22綾に詳しく書かれている。
タマメカミ ヰクラムワタノ
ヰクラムワタを組み合わせて
【ヰクラムワタノ ウミアゲル】 「ノ」は長弘本では「オ」となっている。そちらを採用する。「ヰクラムワタ」は人体の内臓器などを表す言葉だが、「ヰクラ」は「キツヲサネ」(東西中南北)、「ムワタ」は「アミヤシナウ」でもあり、それをまとめてトシノリタマメ神とし、暦を表す。また「ウマシアシガイヒコジ神」ともなり、「ヰクラムワタ」は多様な意味を持っている。
ウミアゲル アメヨリクダス
創られた。それは人々の間に
【アメヨリクダス ヒヨミカミ】 「アメヨリクダス」は人々の間に広まったという意味とした。それは二尊の時代までの長い時間が経っていることになる。「ヒヨミカミ」は暦。
21-117 ヒヨミカミ フタカミコレニ
暦として広まった。二尊はこの暦の守り神として
21-118 ヤマサナス アメノミマコハ
ヤマサ神を位置づけた。ニニキネは
21-119 ニイハリノ カドノタカヤニ
新治の宮の門の高屋に
ヤマサカミ マツルハタミノ
ヤマサ神を祭り、民を守る
【ヤマサカミ】 22綾本文029以降に二尊がウツロイの神以下タツタ姫までの8神を暦を守る神と位置づけたとある。
21-121 カラフシマ ワカクシマドト
カラフ門とした。ワカクシマドと
21-122 トヨマドト ツネニマモリテ
トヨマドとが常に守り
21-123 トリオカフ タミノカラガレ
鶏を飼った。それは民が辛くて弱ることが
アラジナト ヲサガオゴレハ
ないようにするためである。村長が奢ると
【ヲサガオゴレバ】 23綾本文185以降に国の統治の仕組みが書かれている。それによると「ヲサ」は「五軒組長」か「村長」だが、ここでは「村長」だろう。それを「イマシメ」るのは「アガタヌシ」で、「ツウヂヨコベ」(調査官)が報告するのは「アノメツケ」(宮の役人)という仕組みになっている。
21-125 タミツカル ツカレテワザモ
民は疲れる。民が疲れて仕事も
21-126 カラカレト ウツタフトキニ
辛くて弱ったと訴えてきたときに
21-127 イマシメテ クニオタサネハ
県主が村長を戒めてクニを治めるようにしないと、
21-128 タミココロ アメニトトキテ
民の心は自ずと天に届くことになる。そうすると
21-129 キミガカド ヤマサノカミガ
君の門のヤマサの神が
21-130 シルユエニ ココロクルシム
知ることになり、ヤマサの神の心が苦しむことになる。
21-131 ソノトキハ トモニミタルル
その時は、鶏の鳴き声も
21-132 トリノトキ ミダレイタメハ
一緒に乱れる。鶏の鳴き声が乱れて悲しい声になれば
21-133 ヒトモシル フトマニミレハ
宮人達も気付く。フトマニで占えば
ケタオシル ツウヂヨコベオ
その方角がわかる。ツウヂ・ヨコベを
【ツウヂヨコベ】 10綾解釈ノート005参照。ツウジという警察のような役の国造の下にヨコベという警察官・刑事がいると考えた。
21-135 ツカワシテ タミオミダラバ
遣わして、村長が民を苦しめていれば
ソノツカサ アラタメカエテ
アノメツケが村長を辞めさせ、交代させて
【ソノツカサ アラタメカエテ】 「ツカサ」を村長とすると、ツウジヨコベが村長をやめさせることになるが、解釈ノート124にあるように、それはすくなくもアノメツケ以上の役の権限のようである。そうすると「ソノツカサ」は「アノメツケ」となるのではないか。
カレオトク ユヱカラフナル
民の苦しみを除く。故に、カラフというのである。
【カラフナル】 「カラフシマ・カラフカド」と名付けられた理由がここで分かる。「カラ」は本文120の「カラガレ」(辛くて弱る)のことで、「フ」は草木が生い茂る意の「生(フ)」と同意に捕え、生きることとした。すなわち、辛くて弱った民が生き生きとなること。「枯生」とも書けるか。
21-138 ニワトリハ カオウケナキテ
鶏は明るくなる日の光を感じ取って鳴き、
ツアカヱズ コヌカオコエハ
夕日には鳴かない。まだ明けない日の光を願って
【ツアカ】 「ツ」は西、「ア」は空、「カ」は光。すなわち「夕日」。
【コヌカオコエハ】 この時代、鶏に米糠を餌として与えたのだろうか。そうであれば訳の意と掛けてあると言える。
コカコフト ナクハスナオヤ
「コカコフ」と鳴く素直な鶏なのだ。
【コカコフ】 漢字に当てはめると「来光乞う」となるか。日が昇るのを願って鳴いているということだが、ホツマモジの「カ」に「正しい」という意味があるので、「正しいものを求めている」という意味を含んでいる。
21-141 クダクレバ クダカケナクゾ
民の心が砕けた時も、くだかけ(鶏)は鳴く。
21-142 カラスダモ ヨキイオウケテ
カラスさえも民の良い心を感じれば
21-143 ヨロコベリ ウレヘバウレフ
喜ぶ。また民が憂えれば憂うる。