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36-103 アラミタマ ヤヨロホマチシ
アマテル神の再現を何代も待っていたサルタヒコの末の者です。
36-104 カンタカラ アマツヒツギノ
お預かりした神宝は、天君を引きつがれる印の
36-105 サカホコギ ウツクシキスズ
逆矛と美しい鈴と
ワイキタチ カカンノンテン
ワイキ太刀です。アマテル神の再来として
【カカンノンテン トキマチテ】 「カカンノンテン」は奉呈文の解釈ノート089で「神を降ろす儀式」と考えると書いた。かなりの意訳になったが、ここではアマテルカミの再来となるような優れた皇子が生まれること。4綾本文098で、アマテルカミは「マドカノタマコ」すなわち胞衣をかぶって生まれてきた。並外れた能力を持った、英雄になる人物が生まれるときに起こるそのような現象を待っていた。
36-107 トキマチテ ミチアラワセト
産まれた皇子にお渡ししなさいと言われたもので、
36-108 オボロゲノ モノナラスカレ
二つとある物ではありません。ですから
36-109 コニモヱズ ソノヌシオマツ
我が子にも託すことができず、渡すべき方をお待ちしていました。
36-110 コレサヅケ ナガタウマレノ
姫にこの神宝をお渡しして、長田に生まれた
36-111 ツチギミハ モトニカエラン
我は、故郷の長田に帰ろうと思います。
36-112 モチカエリ ツゲヨトテサル
これを持ち帰ってヤマト姫に伝えてください」と言って去って行った。
36-113 オオワカゴ カエリモフセバ
オオワカゴが帰って伝えると、
36-114 ヤマトヒメ ウヂニイタリテ
ヤマト姫は宇治に行き、
36-115 ミテイワク コレカンカゼノ
辺りの様子を見て言った。「ここはアマテル神が長く治められた
36-116 イセノミヤ ミクサハマツル
伊勢の宮です。三種の神宝をお祭りして
36-117 ミナモトト イヤマヒカエス
アマテルカミの本宮としましょう」そして、いつまでも
36-118 アグライシ オオハタヌシト
サルタヒコの坐石を大切に祭った。オオハタヌシと
36-119 ヤソトモニ ヰソスズハラノ
多くの供の者に五十鈴原の
36-120 クサカラセ オチコチヤマノ
草を刈らせた。ここかしこの山の
キオキラセ モトスエモトシ
木を伐らせ、木の根元と梢の方は使わずに、
【モトスエモトシ】 次に「マナカモテ」(真ん中を以て)とあるので、「元末戻し」と読み、根元と梢を使わずに返すことと解釈した。21綾本文160に、柱は元と末を逆さに使うという叙述があるので、ここでも「逆さにして」と訳したいところだが、「モドス」を「逆さにする」と訳すのに無理があるように思う。
36-122 マナカモテ オオミヤハシラ
真中だけを使って大宮柱を
シキタテテ チギタカシリテ
数多く立て、千木を立派に造って
【シキタテテ】 「シキ」は「頻(シキ)」と読み、「度重なること、しきりに」の意から「数多く」とした。
【チギタカシリテ】 祝詞(祈年祭)の中に「高天原に千木高知りて」(広辞苑)とあり、明解古語辞典には「千木」の説明の中に「高く造って」と書かれているが、「シリテ」の語義の説明はない。私は次のように解釈してみた。「タカ」は「高い」または「高さ」か。「シリテ」(シル)を「領」(シル)と読み、「主人として支配する」というような意味で、「宮の威厳を保つ物としてある」というような意味に捕えると、「千木を立派に造って」と考えられる。
36-124 ミヤナレハ ミカドニモフシ
宮が出来上がった。ミカド(イソサチ君)に宮の完成を伝えると
36-125 ミコトノリ ミカサノヲトト
詔が下った。ミカサノオトトが
36-126 イワヒヌシ ワタラヒトミハ
祝主に、臣のワタライが
36-127 カンヌシニ アヘタケヌガオ
神主に、アヘタケヌガが
36-128 ミカワリト ワニクニフクオ
君の代理に、ワニクニフクが
36-129 ウチカワリ モノベトチネオ
后の代理に、物部トチネが
36-130 ミウエカラ タケヒアサトオ
御上后の代理に、タケヒアサトが
36-131 ミコカワリ オノオノモフテ
皇子の代理になり、それぞれが宇治の宮に詣でた。
36-132 フソムホノ ナツキソムノカ
二十六年九月十六日の暁に
36-133 ヲヲンカミ ヰソススカワノ
アマテル神の御霊は五十鈴川の
36-134 サコクシロ ウヂニワタマシ
サコクシロ宇治の宮に渡御された。
ソナカノヨ ミタケハシラオ
十七日の夜、御丈柱を
【ミタケハシラ】 広辞苑に「しんのみはしら【心御柱】伊勢神宮の正殿の床下中央に建てられる桧の柱。特に神聖視され、遷宮に際しては厳重神秘な儀式が行われる。忌柱(いむはしら)・天御柱(あまのみはしら)・天御量柱(あまのみはかりのはしら)ともいう。」とある。「御丈柱」はまさに「天御量柱(あまのみはかりのはしら)」であり、このことは日本書紀では触れられていない。
36-136 ヲサメシム コレスメラギノ
納めた。この御丈柱は君
ミツカラノ タケノミヤコニ
御自身の背の高さで、タケの都で
【タケノミヤコ】 広辞苑によると、「斎宮の宮殿の別称。(伊勢国多気郡にあったのでいう)」とあるが、御丈柱を納めた宇治を表しているとも考えられる。宇治の伊勢神宮の場所と多気とは斎宮の勤めをするには遠すぎるので、私は後者と考える。
36-138 ソロイノリ アメカセノフシ
豊作を祈り、天候と季節の巡りが
36-139 ホドヨクテ ユタカニナレト
順調で民が豊かになるようにと、君の願いが込められている。
36-140 フシヤスミ イヤマヒモフス
ヤマト姫が宮で寝起きし、神に敬い仕えた
ミメクミヤ カミモヨロコビ
恵みであろうか、神も喜び
【カミモヨロコビ ツゲイワク】 ヤマト姫が心の中で感じたことであろう。
36-142 ツゲイワク ムカシワガスム
告げがあった。「昔、吾が住んでいた
36-143 サコクシロ シキナミヨスル
サコクシロは、幾重にも波が寄せる
36-144 イセノミヤ ナガクシツマリ
伊勢にあるこの宮だった。吾はまたここに長く居て
36-145 マモルベシ トヨケノカミト
トヨケの神と一緒に人々を
36-146 モロトモゾ ヤマトヒメヨリ
見守っていこう」との神の告げをヤマト姫は
36-147 コレオツグ キミヨロコビテ
君に申し上げた。君は喜んで
36-148 ニギテナシ トヨケノカミエ
幣を奉納し、トヨケの神をお迎えするよう
36-149 サオシカハ ミワノミケモチ
三輪のミケモチを勅使とし、
36-150 イワヒトハ タニハミチウシ
祝主をタニハミチウシにした。
36-151 クニヌシノ カミノオシエハ
大国主の神の宮造りの教えは次のとおりである。
36-152 ヲヲンカミ ツギオオホシテ
アマテル神の教えは、人々の子孫の繁栄を願って
36-153 イセノミチ ヤモヒトクサオ
伊勢の道を説かれ、すべての民が
イケメグム カレカツヲヤギ
栄えるよう恵みを与えるのである。それ故、鰹木は八本なのである。
【カツヲヤギ】 「ヤ」は「8本」と「ヤモヒトクサ」すなわち「すべての民」を表している。
36-155 チギノウチ ソクハウチミヤ
千木の内側を削ぐのは内宮で