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14-131 コオサヅク ミチハメグミオ
民に子を授かる術を教えることが、父母への恩を
14-132 カエスナリ ソノミナモトハ
返すことだと思った。教えの元になったものは
14-133 トヨケカミ カツラキヤマニ
トヨケ神がカツラキ山で
14-134 ミソギシテ サワルヨコガオ
禊ぎをして、害を及ぼす災いを
14-135 ノゾカント ヤチタビイノル
除こうと、八千回祈ったことである。
ニマヌケテ アマカミヒルオ
トヨケ神の真心が天に通じて、アメミヲヤ神が父母に日の精気を
【ニマヌケテ】 「ニ」は丹「マ」は真と読み、「赤心、真心」と捉えた。
14-137 ワケクタシ ワガココロウル
分け下されたので、吾は『人としての心』を得ることができた。
14-138 ミチナルハ アサヒノミヤニ
吾は『アグリの教え』が仕上がったので、朝日の宮で
14-139 カミマツリ アメノミヲヤニ
トヨケ神をお祭りし、アメミヲヤ神に
コタフナリ ヨツギノハタオ
報告をしたのである。それでは世継ぎを儲ける
【ヨツギノハタオ ヲラントテ】 「ヨツギノハタ」は世継ぎをもうける手立ての話。「ヲラントテ」は、話の流れから考えると、これから文を作るのではなく話をすることと考えられる。
14-141 ヲラントテ ヒナグルカズノ
手立てについて話そう。多くの
14-142 ヨツギコオ サヅクルイセノ
世継ぎ子を授かる『イセの道の
14-143 アグリニハ アサヒオウケテ
アグリ』では、まず朝日を受けて
14-144 アタタマル トキニトツゲバ
温まった時に交われば
14-145 コオハラミ イキスコエミメ
子を身籠り、呼吸や声や容姿が
14-146 ソナエウム ヨツギモガモニ
整って生れてくるのである。『世継ぎを欲しいと願っている者への
14-147 ミコトノリ        
詔』は次のとおりである。
ワガココロ マネケトホカミ
神より下された吾の心を招きなさい。アメミヲヤ神と
【ワガココロ マネケトホカミ ヱヒタメノ クニハミチノブ ウツハモノ】 「ワガココロ」はアメミヲヤ神によって得られた「人としての心」。「マネケ」は人々もそのような心を得られるように願いなさいということ。アメミヲヤ神とトホカミヱヒタメ八神とがタマを降ろしてできているこの国そのものが「アグリの教え」を伝えるよい国だということ。このように解釈したが訳文の表現が難しい。
14-149 ヱヒタメノ クニハミチノブ
トホカミエヒタメ神がタマを降しているこの国はアグリの教えが行き渡る
14-150 ウツハモノ マネカバウエニ
よい国なのである。人々が招けば神はその上に
14-151 アラハレテ ハタレヤブレハ
現れて、ハタレを破るので
14-152 サハリナシ ミノスガナレハ
子を授かることへの災いを避けることができる。身が清ければ
14-153 カミココロ メグミテハナニ
神の心が恵みを与えて、花に
14-154 ミオウルゾ イセノヲシヱノ
実が着くように世継ぎが生まれる。『イセの教え』が
14-155 アメニコタヱテ      
天に通じるのである。
14-156 ノトハコレ モロニモフセト
詔は以上である」。 諸臣に、「何か言うことはないか」
14-157 ヲヲストキ カスガワカヒコ
とアマテルカミが言われると、カスガワカヒコが
14-158 タチイデテ オカミツツシミ
立ち上がり進み出てうやうやしく礼をし、
14-159 アルココロ モフセルウタニ
心に浮かんだことを歌にして申し上げた。
アマイノル コノテカシハユ
「アマテルカミが祈られた今の手拍の
【アマイノル…】  このカスガワカヒコとミホヒコの歌は、一読ではアマテルカミと同じようなことをするというように読み取れるが、臣がキミの話を称える内容としてはふさわしくないように思う。私はアマテルカミの話を称える内容として訳した。
14-161 オトオスク ヤトルオナカノ
音は直ちに母親のお腹に届いて
14-162 ミコトナル コノコハマスグ
子宝が宿るでしょう。その子は心が真っすぐで
14-163 タラチネノ ナヱノヨツギノ
将来、父母の世継ぎとなる
14-164 ミコトナリケリ      
御子となることでしょう」。
14-165 カクミタビ ウタヒマスレバ
このように三度繰り返して歌うと
14-166 ミホヒコモ タチウヤマヒテ
ミホヒコも立ち上がり、うやうやしく
14-167 オモフコト モフセルウタニ
今感じたことを歌にして申し上げた。
14-168 コオコフル イモヲセナカニ
「子宝を願う夫婦の間に
14-169 コモリクノ コモリソタテン
授かった子どもは、健やかに守り育てられるでしょう。
14-170 タラチネノカミ      
アマテルカミはその両親の神なのですから」。
14-171 カクミタビ ウタヒマスレハ
このように三度歌にして申し上げた。
14-172 ヤスヒコモ タチウヤマイテ
カダキヤスヒコも立ち上がり、うやうやしく
14-173 オモフコト モフセルウタニ
思ったことを歌にして申し上げた。
ヤスヤスト サクラノババノ
「安全に出産に臨む母親から
【サクラノババ】 「桜」と訳したいところだが、意味の通じる訳にならない。やや無理があるかもしれないが、私は次のように解釈してみた。「サ」は若いとか早い、みずみずしいを意味する接頭語として残っている「サ」とし、「クラ」は「座(くら・苗床の異称)」(広辞苑)の訳をとり、赤子が今にも生まれてくる状態を言っていると捉えた。「ババ」は他の写本には「ハハ」ともあることから、その母とした。
ミトリコオ カツテニカケテ
嬰児(ミドリゴ)を我のこの右手で
【カツテニカケテ】 「カツテ」は弓を射る時、弦を引く方の手。右手。
14-176 イデヤウマセン      
さあさあ、産ませてみせましょう」
14-177 カクミタビ ウタヒマスレハ
このように三度歌うと
14-178 ミコトノリ ナンヂワカヒコ
アマテルカミから詔があった。「汝ワカヒコ
ヒトフルニ アマノコヤネト
これからずっとアマノコヤネと
【ヒトフルニ】 「フル」は年をとる。一生という意味に解釈した。
14-180 ナニシアヱ ヤマフヲシテハ
名乗るがよい」と、
14-181 カスガカミ マタミホヒコガ
カスガカミという尊称も賜った。また、「ミホヒコは
14-182 ミソムコオ ヒタスココロハ
三十六人の子を育てた心に
14-183 ミニコタエ タマフヲシテハ
感動した」と、