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24-052 ツルギカハ モノノヘハアシ
剣の臣は右の羽、物部は足である。
24-053 カガミヲミ ツギホロフレハ
鏡の臣の子孫が絶えると、
24-054 タミハナレ ヒツギフマレズ
民は離れて、君が跡を継ぐこともできなくなる。
24-055 ツルギヲミ ツギホロフレハ
剣の臣の子孫が絶えると
24-056 モノベワレ ヨオウバワルル
物部がまとまらなくなり、国を奪われる。
24-057 ヤタヲミハ ソロハフハルノ
鏡の臣は、稲を植える春の
24-058 タミワサオ カンガミルメゾ
民の仕事を見守り、気を配るのが役目である。
24-059 カキヲミハ ヨコマオカラシ
剣の臣は、邪悪な者を退治し
24-060 モノノヘノ チカラモルテソ
物部の仕事を守るのが役目である。
24-061 コノユエニ ミクサオワケテ
それゆえ、三種の宝を分けて
24-062 サツクイハ ナガクヒトツニ
授けるという意味は、末永く君と左右の臣が心ひとつに
24-063 ナルヨシオ アヤニシルシテ
なるようにということなのである」それを文に記して
24-064 ヲテツカラ フミオミマコニ
手ずから「御機の留」を皇孫に
24-065 サツケマス セオリツヒメハ
授けられた。セオリツ姫は
24-066 ミカガミオ モチテカスガニ
御鏡を持ち、カスガに
24-067 サツケマス ハヤアキツメハ
授けた。ハヤアキツ姫は
24-068 ミツルギオ モチテコモリニ
剣を持ってコモリに
24-069 サツケマス ミタビウヤマイ
授けた。三拝して
24-070 ミナウクルカナ      
三人はそれぞれ受けた。
24-071 シカルノチ ミクサタカラオ
そのあと、三種の宝を
24-072 ヒツニイレ シルシハサカキ
櫃に入れ、印として榊を飾った。
24-073 サキカリハ タチカラヲナリ
先頭はタチカラヲ。
24-074 ツギカツテ オオモノヌシト
その次はカツテ、大物主、
24-075 ミグサヒツ ヤフサミクルマ
三種の宝の櫃、ニニキネの乗られた八房飾りの御車、
24-076 ツキコヤネ カゴムマヤソノ
その後にアマノコヤネ、駕篭や馬、八十人の
24-077 モノノベラ イセヨリタチテ
物部達が続き、伊勢より出発した。
アスカミヤ コレヨリミツノ
飛鳥の宮に寄り、そこからミツの
【アスカミヤ】 兄のホノアカリに挨拶をしに寄った。
【ミツノニシノミヤ】 数詞の「 」が使われているが、「ミツ」の場所が特定できない。他の写本では数詞になっていないものもあるので、それを採り「御津」と読む。大言海によると「皇居御用ノ港。」とあり、万葉集の「葦ガ散ル難波ノ美津ニ、大船ニ、マ櫂シジヌキ」が引用してある。
ニシノミヤ マツカンサキノ
西ノ宮に行った。そこで、まずカンサキに
【カンサキ】 姫路の北部に「神崎」という地名が残っている。この辺りを指すのか。
オオヰホリ マナヰニイタリ
大きな井堰を掘った。その後真名井に至り
【マナヰニイタリ ヌサオサメ】 真名井にはトヨケが祀られている。
ヌサオサメ コヱノネノクニ
幣を治めた。コヱネの国の
【コヱノネノクニ】 字数の関係で「コヱネ」を「コヱノネ」としたのではないか。今の北陸地方。
アチハセガ ミネコシササク
アチハセが峰輿を献上した。
【ミネコシ】 この後に詳しく書かれている「山越え用の輿」。
24-083 コレニメシ シラヤマミネオ
ニニキネがこれに乗り、白山の峰を
24-084 ミメクリニ ナナメニナラズ
越えられるとき、輿は傾かなかった。
24-085 コノコシハ タガツクレルト
「この輿はだれが作ったのか」とニニキネが
24-086 ノタマエバ ココリメイワク
聞かれると、ココリ姫が答えた。
マコガナス イトウケステメ
「マコが作りました。義妹のウケステ姫です。
【マコ】 広辞苑に「真子」として「妻や子をいつくしんでいう称。よい子。」とあり、妹を指す愛称か。
【イトウケステメ】 「イト」は妹。15綾本文171に「ココリノイモトムスバセテ」と、ココリ姫の義理の妹になっている。
24-088 アカガタニ クロソノツミテ
(ウケステ姫は)アカガタに開拓した農地で
24-089 ウムミコオ コロビツクニノ
産んだ子どもをコロビツ国の
24-090 キミトナス クロソノツメル
君としました。また、その開拓農地の
24-091 キミノハハ ケワシキミネノ
君の母ウケステ姫が険しい峰を
24-092 コストキニ ミネコシツクリ
越える時のために峰輿を作って
24-093 コオソダツ イマココニキテ
子どもを育てたのです。今ここに来て
24-094 マミエナス ミマコヨロコビ
お会いしているのがウケステ姫です」ニニキネは喜んで
24-095 クニハコシ ヤマハミネコシ
「国の名は越がよい、山は峰輿がよい」と讃えた。
ソノカエニ ミチミノモモオ
その礼に、モモキネという称号と広い美濃の国を
【ミチミノモモオ タマワレバ】 表面的には「たくさん実のなる桃」だが、私は、旅先のニニキネが授けた桃が「ハナミノモモハマレナリ」というほど珍しい桃だったということに不自然さを感じる。それでは、「ミチミノ、ハナミノモモ」とは何だろうか。「ミノ」と「「モモ」に注目すると、万葉集の「百岐年(ももきね)美濃の国の高北の泳(くくり)の宮に…」という歌が浮かんでくる。どの辞書にも「ももきね」は「美濃」にかかる枕詞だが語義・かかり方未詳と書かれている。少々わかりにくいが、これをもとに推理していこう。「ミノ」は万葉歌のとおり「美濃」であろう。本文145に「(ニニキネが)ミノニユキ アマクニタマノ ヨロコビモ」とあるようにアマクニタマがいる所が美濃である。アマクニタマの娘シタテルオグラ姫とアチスキタカヒコネは10綾本文086にあるように結婚している。タカヒコネはその後ステシノタカヒコネとも言われた。「ステ」が付いたということは、オクラ姫は渡来系と考えられる。ということはアマクニタマも渡来系ということになる。さて、10綾本文066には「ムカシナカヤマ ミチトオス カナヤマヒコノ マゴムスメ シタテルオクラ」とある。オクラ姫の祖父がカナヤマヒコであるということは、アマクニタマの親がカナヤマヒコであり、カナヤマヒコは渡来系ということになる。カナヤマヒコは金山神社に祭られているように金属・鉱山・土木など、大陸の技術をもたらした人物でもある。ここからは私の推論になるが、時の政治の中枢と深くかかわった渡来人と言えば、ウケステ姫と結婚したコロビンキミ(シナギミ)であり、それは和名カナヤマヒコではないかと思われる。カナヤマヒコには娘のウリウ姫がいて、ウリウ姫はアマテルカミの13人目の妃となっている。このような関係の中で、ウケステ姫に、ニニキネは広い美濃の土地と、自身のキネも付けた「モモキネ」という名を与えたのではないか。それが息子であるアマクニタマに引き継がれたと考えてみた。15綾解釈ノート164でふれたが、コロビンキミは、「徐福」であり、和名をカナヤマヒコといったと考えている。(新説異説に詳しく書きました。)
24-097 タマワレバ ハナミノモモハ
授けた。「モモキネの名と美濃の国を頂くとは
24-098 マレナリト クニツトニナス
望外の喜びです」と言って土産にして帰った。
24-099 ヤヨヒモチ ミアエノムメニ
三月の望の日の宴の時、梅の花を見て
24-100 キミヱミテ ムメニミクサノ
ニニキネが微笑んで、「梅の咲くときに三種の宝と共に
カトイデモ ムメニコシヱテ
旅に出て、今また梅の花の時に輿(越)を得て
【ムメニコシヱテ】 輿を献上されたことと、国の名を「越」としたことを掛けている。
24-102 コノミアエ アメノシルシト
この宴が開けた。これは天の恵みの印だ」と
24-103 オリカザシ イタルタカシマ
梅の一枝を折り髪に飾った。高島に着いた時も