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28-105 ヌシキタリ アマテルカミノ
県主が来ました。アマテルカミの
28-106 タメシアリ ヱナコフトキニ
前例があったので、胞衣を祭らせてもらうように願い出た時、
28-107 ミコトノリ ハニシナヌシハ
ニニキネ君が詔を下されました。『ハニシナ主は
28-108 ヱナガダケ ハエシナオヨビ
胞衣が岳でアマテルカミの胞衣を守っているので、ハエシナ主および
28-109 サラシナト ツマシナヌシラ
サラシナ主とツマシナ主が
28-110 コノミヱナ ソノヲニオサメ
この三皇子の胞衣をそれぞれの山の尾根に納めて
28-111 マモルベシ ソノオトミコノ
守れよ』。その末弟の皇子の
28-112 ウツキネハ ツクシニイタリ
ウツキネ尊は筑紫の国に行き
28-113 タオコヤシ ヲヤニツカフル
田を肥沃にして、「御親に仕える天君」の称号を受け
28-114 タミオメヂ ソヤヨロヲサメ
民を慈しんで長年国を治めた後、
28-115 モトクニノ ヒツキオウケテ
以前いた近江に帰って、君の御位を譲り受けました。
28-116 アマカミノ ヲヤニツカフル
ウツキネ君は「御親に仕える天君」として
28-117 キミノナモ ムソヨロヲサメ
長い年月治めた後亡くなり
28-118 ケヰノカミ ミコカモヒトハ
食飯の神と称えられました。皇子のカモヒト尊は
28-119 ヒツギウケ ミヅホオウツス
御位を受け継いで、宮をミヅホの宮から
28-120 タガノミヤ ヲサムルタミオ
多賀の宮に遷しました。治めている民を
コノコトシ アメニコタフル
我が子のように慈しみ、天の神の意に応えて政を執ったので
【アメニコタフル】 「天の意に応える」、すなわち正しい政をおこなうこと。
カミノナモ ミヲヤアマキミ
称え名はミヲヤアマキミとなりました。
【ミヲヤアマキミ】 ウツキネは親のニニキネの跡を継いで、新田開発に努めたので「『御親』に仕える天君」としたが、カモヒト(ウガヤフキアワセズ)は27綾本文131でアマテルカミから「カミモクダリテ ウヤマエバ 『カミノミヲヤ』ゾ」と、名を授けられている。
28-123 ワカミヤノ トキニヨソヨロ
カモヒト尊の政は
28-124 ヨノマツリ マタミソヰヨロ
長く続き、その後も長く
28-125 ユタカナリ トキニイサハノ
国は豊かでした。イサワの宮の
28-126 アマツカミ ソフノキサキモ
アマテルカミの十二人の妃も
カミトナリ セオリツヒメト
亡くなりました。セオリツ姫の御魂と共に
【セオリツヒメト ヲヲンカミ】 一読では、あたかもセオリツ姫が生きているように受け取れるが、11綾本文015でムカツ姫となっているセオリツ姫が亡くなっている。アマテルカミはセオリツ姫の御霊を連れて宮を遷したということであろう。
28-128 ヲヲンカミ ミヤウツサント
アマテルカミは宮を遷そうと思われ、
ミモカワニ アノボルチヱテ
ミモ川に、最期の時の場所を定め
【ミモカワ】 御裳濯川(ミモスソガワ)の異名がある伊勢市の五十鈴川だろうか。
サコクシロ ウヂノミヤヰニ
この世のサコクシロとして宇治に宮を造り
【サコクシロ】 「サ」は「清い、浄い」、「クシ」は「奇し」と読めそうだが、「コ」と「ロ」が不明。この綾の本文165と200、36綾本文102・134・143、40綾本文075にも出てくる。不明な部分はあるが、これらは共通して、天上にある浄められた魂が最後に落ち着く天界、浄く汚れのない崇高なところ、天界の49神のいると思われる所というようなものと考える。アマテル神は宇治の宮をそのようなところと考えたのであろう。
28-131 フヨホヘル トキニヰソスス
何年か経ちました。すると五十本目のマサカキが
28-132 ミヤニハヱ ツラツラオホス
宮に生えました。アマテルカミはよくよく考え、
28-133 ウエズシテ ハヱルモアメヨ
植えないのに自然に生えるのも神の思し召しで、
28-134 ワガイノチ アメガシラスト
御自身の寿命を神がお決めになったのだと思われました。
28-135 ヤモカミオ メシテワガヨオ
大勢の臣をお呼びになって、『吾は世に
28-136 イナマント サルタニアナオ
別れを告げようと思い、サルタヒコに穴を
28-137 ホラシムル マナヰニチキル
掘らせた。真名井で約束した
28-138 アサヒミヤ オナジトコロト
朝日宮のトヨケ神と同じ所に隠れよう』と
28-139 ノタマエバ モロオドロキテ
話されたので、一堂は驚いて
28-140 トトムレバ イヤトヨワレハ
留めましたが、『いやいや、吾は
28-141 タミノタメ ニガキオハミテ
民のために、苦いハオ菜を食べて
28-142 モナソミヨ フチヰモトシオ
非常に長く(百七十三万二千五百年)
28-143 ナガラエテ アメノタノシミ
生きてきた。君として、民を幸せにする楽しみを
28-144 オボユレハ ヨニノコスウタ
味わってきたので、この歌を残していこう。
ツネニキク サヲシカヤタノ
 ――常に天の声を聞くサヲシカ八咫の
【サヲシカヤタノ ワガカムリ】 奉呈文の本文031に冠をかぶって神の告げを聞くとある。
28-146 ワガカムリ ハトミモタミニ
冠で、臣や民に
28-147 ヲオトドケ アハオツカネテ
告げを届け、君・臣・民を一つにまとめて
28-148 ヒツギナス モスソオクメト
君の御位を受け継がせてきた。民の心を受け止めよと
28-149 キミタミノ ヲシヱノコシテ
君・臣・民のあるべき姿の教えを残して
28-150 アニカエル トテナイタメソ
吾は天に還る。だが、
28-151 ワガミタマ ヒトハアノモノ
吾のタマが還るのを悲しむでない、人は天の裳裾の
ウエニアル ワレハカンムリ
上にいて、吾は冠となり、
【ワレハカンムリ】 アマテルカミは「常々サヲシカ八咫の冠をかぶり、耳近くに垂れる緒を通して神の告げを聞いて政を執ってきたが、自分が天に昇ったら、自分が神の告げを伝える冠となり、この世に残る民を冠の緒として必ず恵みを伝えるので悲しまないでほしい」と言っていると解釈した。「カンムリ」「サシ」「サオシカ」のように書かれているが、「サヲシカヤタノカンムリ」の短縮と考える。
ヒトグサハ ミミチカキヲゾ
民は耳の近くにある冠の緒となるのである。
【ヒトグサハ ミミチカキヲゾ】 「ヒトグサ」は「アオヒトクサ」と同じ。天に還ったアマテルカミは生前冠の緒から天の声を聴いたように、民の声を聴くということ。アマテルカミと民とは、天に還っても繋がっていると言っているのだろう。
28-154 ムネキヨク ミハアカツケド
人々の心が清ければ、体が汚れていても
28-155 サシガミテ アメニツグレバ
サヲシカ八咫の冠となった吾が受け止めて天の神に告げ、
28-156 サヲシカノ ヤツノキコエニ
神の恵みがサヲシカ八咫の冠の八本の緒である民に