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31-308 ウチツミヤ シギヰデガメノ
内つ宮になった。シギヰデの娘の
31-309 ヰツミスケ フトマワカガメ
ヰツミ姫がスケ妃になった。フトマワカの娘の
31-310 イイヒメオ ココタエヰトシ
イイヒ姫をココタエにした。五年
31-311 ヤヨヒユミ スミエニミユキ
三月七日に住江に行幸した時、
31-312 ミルオミテ ウチノウムミコ
海松を見て内つ宮が生んだ皇子
31-313 カヱシネノ イミナミルヒト
カエシネの諱をミルヒトとした。
ウチノチチ イキシオヲキミ
内つ宮の父のイキシを御君とした。
【ヲキミ】 これまでに「タガノヲキミ」とか「ハラヲキミ」などとあり、その場合の「ヲキミ」はその宮の最高責任者の意味があったが、ここではそのような立場とは思えない。重臣のようなものか。
31-315 イイヒメガ タケアシニウム
イイヒ姫がタケアシで産んだ
31-316 タヂマミコ イミナタケシヰ
タヂマ皇子は諱をタケシヰといい、
31-317 フソフトシ キサラツシトハ
生まれた日は二十二年二月ツシト、一日。
31-318 ソフオシエ カエシネミコオ
十二日オシエ、カエシネ皇子が
31-319 ヨツギナル コトシソヤナリ
世継ぎ皇子になった。齢は十八歳。
31-320 ミソヨトシ ナカツキヤカニ
三十四年九月八日に
31-321 キミマカル ワカミヤカミニ
オオヤマトヒコスキトモ君が崩御した。若宮は亡くなった父神に
31-322 ツカエント モハヒトホマテ
仕えようと、一年間喪に服して
ミアエナス イキマスコトク
父神が生きているように御膳を奉げた。
【ミアエナス】 本文291では、飲食のもてなしをするという意味で「御饗(ミアエ)」と原文の言葉のまま訳したが、ここでは状況から、父神へ日々の食事を奉げたと解釈した。
31-324 アクルフユ オクルウネビノ
翌冬に、畝傍の
31-325 マナゴタニ ナソヨニマシテ
マナゴ谷に葬った。七十歳であった。
31-326 オクルトミ トハズカタリヤ
送る臣は問わず語りで別れを惜しんだ。
31-327 ワカミヤモ オクリオサメテ
若宮も別れを惜しんだが、葬送を終えると
31-328 ミナカエシマス      
みなを帰した。
31-329 トキアスス フモヨソミトシ
それはアスス二百四十三年
31-330 ツミヱハル ムツキツウエハ
ツミエ春、一月ツウエ一日のことだった。
31-331 コカキミエ アマツヒツキオ
九日キシエに天皇の御位を
31-332 ウケツキテ カヱシネアメノ
受け継いで、カエシネ
31-333 スメラキミ カサリオガマセ
天皇となり、正装の姿を民に拝謁させた。
31-334 ウツキヰカ ミウヘキサキト
四月五日に、母の御位を上げて
31-335 ハハオアゲ カタキワキカミ
御上后にした。葛城掖上の
ヰケココロ ミヤコウツシテ
池心宮に都を遷した。
【イケココロ】 御所市池之内のはずれに、宮跡を示す「孝昭天皇掖上池心宮趾」という石碑が建っている。(高城修三著「神々と天皇の宮都をたどる」)
ハツトシニ イツシココロオ
カエシネ天皇元年にイツシココロを
【イツシココロ】 先代旧事本紀によると、ニギハヤヒの三世孫とある。
31-338 ケクニトミ キミトシミソヒ
ケクニ臣にした。君の歳は三十一歳であった。
サカイオカ ワカミヤノトキ
サカイオカにいた若宮の時に
【サカイオカ】 古事記に「カルノサカイオカミヤ」となっている。若宮のときいたのは父のオオヤマトスキトモがいたカルマカリオ宮のことではないか。
31-340 ワカハヱガ ヌナギメハスケ
ワカハヱの娘のヌナギ姫をスケ妃とし、
31-341 サダヒコガ メノオオヰメハ
サダヒコの娘のオオヰ姫は
31-342 ナガハシニ ヲシテアツカフ
長橋にして御璽を扱う
カリスケヨ ウチハベムタリ
仮スケ妃にした。ウチ妃は六人、
【カリスケヨ】 「仮のスケ妃」とはどんな立場だろうか。長橋の局は御璽を扱う役目を持っているが、これは天皇の妃の役目で、若宮の妃のオオヰ姫は、長橋の局といってもまだその役にはつけないので仮の立場だということではないだろうか。
【ウチハベ】 これまで「ウチメ・ウチキサキ」と呼ばれていた妃であろう。
シモヨタリ アオメミソタリ
シモ妃は四人、若い侍女は三十人とした。
【シモヨタリ】 「シモ」は本文024の「オシモメ」と同じ妃。
31-345 フソコトシ キシヱハツミカ
二十九年キシヱ、一月三日、
31-346 キサキタツ ヨソタリヒメノ
ヨソタリ姫が后になった。
31-347 トシソヰゾ ムカシヤヒコニ
十五歳であった。昔、弥彦(タカクラシタ)が
31-348 ユリヒメオ タマエバウメル
(タケヒトから)ユリ姫を賜って、生まれた
31-349 アメヰダキ コノアメオシヲ
アメヰダキの子のアメオシヲの
31-350 マコムスメ ヨソタリハコレ
孫娘がヨソタリ姫である。
31-351 ミソヒトシ ウチミヤノアニ
三十一年、内つ宮(后)の兄の
31-352 オキツヨソ ナルケクニトミ
オキツヨソはケクニ臣になった。
31-353 ヨソヰトシ サツキソヰカニ
四十五年五月十五日に
31-354 キサキウム イムナオシギネ
后が生んだ皇子は、諱オシギネ、
31-355 アマタラシ ヒコクニノミコ
アメタラシヒコクニである。
31-356 ヨソコトシ キミヱハツヒニ
四十九年キミヱ一月一日に
31-357 キサキウム イムナオシヒト
后が生んだ皇子は、諱オシヒト
31-358 ヤマトタリ ヒコクニノミコ
ヤマトタリヒコクニである。
31-359 ウムトキニ アサヒカカヤキ
産まれた時、朝日が輝いた。
31-360 ムソヤトシ ムツキソヨカニ
六十八年一月十四日に