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【ハシキヨシ】
「ハシ(愛し)キ」に間投助詞「ヤ」と強めの副助詞「シ」の付いたもの。
【ワキベ】 明解古語辞典に、出典は日本書紀であるが「ワギヘ」として「我が家」とある。
【ワキベ】 明解古語辞典に、出典は日本書紀であるが「ワギヘ」として「我が家」とある。
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雲が湧き立っている。(あの雄大な)雲はヤマトの
【クニノマホ】
「マホ」は「真秀・真面」(マは接頭語。ホは抜きんでたものの意)(広辞苑)
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青垣の山々を覆っている。
【イノチノマソ】
「マ」は、美しい、立派ななど、ほめたたえる意を表す。「ソ」は「衣」の意。
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曇りの時はただ我が子のことが思われる。
【クノヤマ】
何の山か分からないが、私は「(カ)クノヤマ」と読み、ヤマトの聖なる山である香久山とした。
【ウスニサセコノコ】
「ウス」は古代、木の枝・葉・花や造花を、冠や髪にさして飾りとしたもの。香久山の白樫の枝を髪に挿すことにどのような意味があるのか不明だが、いずれヤマトの天皇になる皇子の健やかな育ちを願ったものと考えて、意訳をした。
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十八年三月、都へ帰る途中、
【ミユキガリ】
「カリ」とあるので「巡狩」でもよいが、それは語源が中国語のようなので「巡視」とした。「狩り」の意として、ただの見回りだけでなく、成敗することも含まれているのであろう。
【ヒナモリ】 宮崎県小林市に「夷守」という地名が残っている。
【ヒナモリ】 宮崎県小林市に「夷守」という地名が残っている。
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岩瀬川を遥かに望むと
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人が集まっているのが見え、弟のヒナモリに
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様子を見に行かせた。ヒナモリが帰って申し上げた。
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「多くの県主達が盛大に
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宴でおもてなしをしようと、イツミ姫の家に
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集まっているのです」四月三日に
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クマの県に行き、長のクマツヒコ
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兄弟を呼んだ。兄は来たが、
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弟は来なかったので、君は臣と兄に、
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弟を諭しに行かせた。しかし弟は来ることを拒んだ。
【アシキタ コシマニテ】
「アシキタ」は熊本県の球磨川が芦北郡に沿って八代海に注いでいるので、ここと思われる。「コシマ」は地理的に考えて「小さな島」ではなく「コシマ」という地名と考える。
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コシマで日が照り暑かったので
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君が水を召そうとした。ヤマベコヒダリが、
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水が無かったので、天に祈ると
【イワカドニ シミズワキデル】
祈ったから清水が湧いたということはないと考えるので、祈る気持ちで探し当てたのであろう。この場所は現在の熊本県。熊本県は阿蘇山噴火の堆積層による地下水が豊富で、多くの所で湧き水が出ているということから考えると、湧き水を見つけたというのはさほど不自然ではないと考える。
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その水を差し上げた。それでそこを
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ミヅシマと名付けた。五月一日に
【フネハセテ ユクヤツシロエ】
前行の「ミヅシマ」は球磨川河口に「水島」という地名がある。地形の変化や干拓などがあっただろうから断定的には言えないが、一行は球磨川を下り、その辺りから船で、宇城市の不知火町の方に行ったのだろう。
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日が暮れて、目指す岸が分からなかった。
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「火の明かりのある所へ目指せ」と
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君が言われた。岸にあがって
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何という村かと聞くと、八代の
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トヨ村と言うので、火を焚いていたのは誰かと聞くと
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誰だか分からなかった。人が焚いている火ではないので
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不知火の国と名付けた。
【タカクアガタ】
長崎県諫早市に高来という地名が残っているので、八代から陸路移動して現在の玉名市の海岸まで行き、そこから船で諫早市の高来へ渡り、タマギナ村に行ったと考える。一方、「フナワタシ」を渡船場と考え、「タカクアガタノ フナワタシ」を高来県への渡船場のあるタマギナ村と解釈すると、「タマギナ」と近似の名前の玉名市に行ったとも言えるかも知れない。
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船で渡って、タマギナ村の
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土蜘蛛のツヅラを殺した。
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十六日には阿蘇の国に着いた。
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四方は広く、人家が見えなかったので
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「人はいるのか」と君が言われると
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突然二人の者がやってきた。
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それはアソツヒコとアソツ姫であった。
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「君はどうして人がいないと思われたのですか」
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君が「汝は誰なのだ」と聞かれると
【ヤシロヤブレリ】
この「ヤシロ」は国守の役所・住まいか、神社か。25綾本文226に出てくるタケイワタツの末のアソツヒコが、君の行幸を知り、国の窮状を訴えたのだろう。
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すると君が社を建てるように言われ、
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新しく社が建った。国守は喜び、
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阿蘇の民を守ったので、それから人家がたくさん建った。