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ネノクニノ オホギノマツル
ネの国の奥義に書かれている
【ネノクニノ オホギノマツル】 「オホギ」を「奥義」と読み、「奥義に書かれている神の御神饌」と解釈した。「オホギ」は人名のようにも読めるが、重要な情報にしてはどんな人物か全くわからないのが腑に落ちない。
38-320 カミノミケ ネシモノスエノ
神の御神饌は、十一月の末の
ユミハリニ カミノリガヰハ
弓張り月の日の神祈り粥です。
【ユミハリニ】 弓張り月の日は、上弦、下弦の月の日、旧暦8日と23日頃。「スエノ」とあるので23日。
38-322 クロマメト ウムギトスメト
黒豆一と大麦一と小豆一と
38-323 ナナノヨネ カヰニカシギテ
米七の割合で粥に炊いて
38-324 ウケミタマ ヰハシラマツリ
ウケミタマとキツヲサネの神に祭ります。
38-325 トシゴエハ ウムギトスメト
年越しの時は大麦一と小豆一と
ヨネムマス トシノリヤマサ
米六升を、トシノリ神とヤマサ神に供え、
【ムマス】 この前後では「ナナノヨネ」というように数だけだが、ここが「ムマス」となっているのは音数の関係か。この「マス」は単位ではなく、何杯という割合であろう。
38-327 オニヤラヰ ムツキナアサハ
鬼やらいをします。一月七日の朝は
38-328 ナナクサノ ミソニヰクラヤ
七草の味噌粥を五クラの神に供えます。
38-329 モチノアサ ムワタマツリハ
望の日の朝の六ワタ祭りは
38-330 ヨネトスメ カミアリカユゾ
米と小豆の粥を供えます。これを神在り粥と言います。
38-331 ツチギミノ シムノマツリハ
サルタヒコの一族の祭りは
38-332 マメスメニ サカメトナナノ
大豆一と小豆一とササゲ一と
38-333 ヨネカシギ アマコノカミノ
米七の割合で炊いて、天神九坐の神に
ミシルガヰ ミオシルワザノ
御汁粥として供えます。これらは己を律する術で
【ミオシルワザ】 「ミシルガヰ」に掛けた言葉。
38-335 イクサワニ トシナカラエテ
大変に長生きできます。
38-336 ヨロビトノ ミチノシルベト
これは全ての人の生き方の基となる教えです」。
38-337 アルフミオ ヨヨニツタフル
この神祈り粥の文を世の中に伝えた
38-338 タケウチハ ツイニナガラフ
タケウチはついには長生きをする
38-339 ミチトナルカナ      
教えの先達となった。
38-340 ネココロオ アカシカエリテ
タケウチはモトヒコに心から礼を言って帰り、
38-341 フソナキノ ソミカモフサク
二十七年二月十三日、君に報告した。
38-342 ヒタカミハ メヲノコカミオ
「日高見は男も女も髪を
38-343 アゲマキニ ミオアヤドリテ
揚巻きに結い、身を飾り
イサミタツ スヘテヱミシノ
対抗心をあらわにしています。全ての蝦夷の
【スヘテヱミシノ クニコエテ マツロハザレバ トルモヨシ】 蝦夷と言われるのは日高見、津軽など。この地域はその昔タカミムスビが治めており、ヤマトとは深く結ばれていたが、この時代になると、両者は一線を画していたと思われる。「クニコエテ」は「国肥えて」と読み、「蝦夷の国々は豊かで貢は出せる」という意味に捕えた。「トルモヨシ」は「君への貢を出さないなら力で貢を納めさせる」と解釈し、「成敗する」と訳した。本文103からにも熊襲が貢を納めなかったので討伐の願いが来たことが書かれている。
38-345 クニコエテ マツロハザレバ
国は肥えているのに、君に従わず貢を出さないようならば
38-346 トルモヨシ クマソソムキテ
成敗するのもよいでしょう」また熊襲が宮に背いて貢をせず、
38-347 マタオカス カナツキソミカ
そのうえ国々を荒らしていた。十月十三日に
38-348 ミコトノリ コウスミコシテ
詔が下り、コウス皇子に
38-349 ウタシムル コウスモフサク
熊襲を討たせることになった。コウス皇子が
38-350 ヨキイテオ アラバツレント
「腕の良い射手がいれば連れて行きたい」と言うと
38-351 ミナモフス ミノノオトヒコ
みなが「美濃のオトヒコが
38-352 ヒイデタリ カツラキミヤド
秀でています」と言ったので、カツラキミヤドを
38-353 ツカワシテ メセバオトヒコ
遣わして、オトヒコを召した。オトヒコは
38-354 イシウラノ ヨコタテオヨビ
イシウラのヨコタテと
38-355 タゴヰナギ チチカイナギオ
タゴヰナギとチチガイナギを
38-356 ヒキツレテ シタガヒユケバ
引き連れて、コウス皇子に従って行った。
38-357 コウスミコ シハスニユキテ
コウス皇子は十二月に筑紫に着いて
クマソラガ クニノサカシラ
熊襲の国の不穏な様子を
【サカシラ】 「サカシ」を「険し(サガシ)」と読み、「危ない、危険である」として、不穏ないろいろな様子を窺ったと解釈した。
ウカカエバ トリイシカヤガ
窺っていると、トリイシカヤの館の
【トリイシカヤガ カワカミニ】 本文198で、ヤマトタケの父ヲシロワケ(景行天皇)から国造とされた姪のヘカヤと結婚している熊襲のトリイシカヤも、アツカヤやセカヤと同様に頑強でタケルと名乗り、またしても君に背いたのであろう。この後に書かれている「タケル」はトリイシカヤのことで、国造の立場のタケルからの願いであったからコウスもヤマトタケという名前を名乗ることを聞き入れたのだろう。
38-360 カワカミニ タケルノヤカラ
川上にタケル一族が
ムレヨリテ ヤスクラナセバ
集まり、酒盛りをしていた。
【ヤスクラナセバ】 「ヤス」は「安」と読み、「安泰なさま、のびのびと」と解釈し、「クラ」は「座」と読み、ここでは文脈から「酒盛り」とした。
コウスキミ オトメスガタノ
コウス皇子は乙女の姿に身をやつし
【コウスキミ】 ここから突然「キミ」となるが、コウスはまだ皇子なので「皇子」と表す。
38-363 ミハノウチ ツルギカクシテ
衣の内に剣を隠し持ち、
38-364 ヤスミセシ オトメノミメニ
休んでいる乙女のようにして
38-365 マシワレバ タヅサエイルル
紛れ込んでいると、花筵に引き入れられた。
ハナムシロ ミオアゲミケノ
彼らは立ち上がって踊り、酒を飲み
【ミオアゲミケノ タワムレヤ】 熊襲一族の宴会の様子であろう。「ミオアゲ」は「身を上げ」と読み、「立ちあがって踊ったりしている様子」とした。「ミケ」は他の写本に「ミキ」とあるのでそれを採用し、「酒」とした。
38-367 タワムレヤ ヨフケヱヱレバ
大騒ぎをし、夜更けには、すっかり酔ってしまったので、
38-368 コウスキミ ハダノツルギオ
コウス皇子は隠し持った剣を